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TCM 新作 フェラーリン ローマ〜東京 1920 モデル入荷

斜めの文字盤が印象的な、フェラーリン ローマ〜東京 1920 モデルが入荷いたしました。

¥336,000

まず、
モデル名の
Arturo Ferrarin(アルトゥーロ フェッラリン)とは、イタリア空軍の英雄で、1920年にローマから東京に史上初めて

ヨーロッパから日本へSVAという複葉機での飛行してきました。

当時の東京は一月もこの偉業を記念した式典を続けたそうです。

現在もイタリア大使館の庭に記念の石碑が立っているほど重要な歴史の一つとなりました。

映画、紅の豚に登場する ポルコの空軍パイロット時代の友人の名前が 「フェラーリン」

というのもおそらくフェラーリンからとったと思もわれます!

(紅の豚のでフェラーリンが乗っている水上機も、実際にシュナイダーカップに出場した時の『マッキ M39』です。)

イタリア陸軍航空隊のアルトーロ・フェラーリン中尉をリーダーとするアンサルドSVA9複葉機(SPA6水冷式直列6気筒220馬力エンジン)11機が

2月14日にローマを出発し南回りの経路を飛行して,

5月30日にフェラーリン中尉、カッパニーニ組機とグイドー・マシェロ中尉マレット組機の2機4人が大阪の城東練兵場に着陸,翌31日に東京の代々木練兵場(現在の代々木公園)に到着した.

当時の日本人観衆が6万人以上が集まって出迎えたそうです。

ローマから東京までの1万1000マイル(総飛行距離は1万6700km)を

バグダット,カラチ,広東,北京,大阪など42か所を経由して飛行を続け

106日間(実飛行時間94時間40分)で目的地に到着しました。

同時に出発したうちの9機は,途中で事故や故障により脱落してしまった。

そのうちの2機はメソポタミア(現在のイラク)でアラブ人に撃ち落とされたそうです。

1920年頃のイタリアの航空産業は,

第一次大戦の終了で余剰となった偵察機を長距離飛行用に改造して飛行機による国際親善飛行を行なうことによって民間航空の可能性を証明していきました。

日本に到着した2機のアンサルドSVA9複葉機のうち1機は日本政府に寄贈され,

京都で開かれた空中文明博覧会に出品されたあと,靖国神社の境内に展示,保管されていた。

日本飛行学校の教材として払い下げられたが、残念ながら後の太平洋戦争で焼失してしまいました。

1970年には大阪で開かれた万国博覧会の際にローマから東京の歴史的飛行50周年を記念してイタリア館にSVA9の原寸サイズのレプリカが出展されましyた。

万博終了後,SVA9のレプリカは日本政府に寄贈され、その後レプリカは,航空自衛隊の浜松基地にある広報館に展示されています。




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